【短編小説】 ページの隙間に灯る光のイラスト
葵はベッドの中で目を覚ました。
窓から差し込む柔らかな朝日がカーテンの隙間を縫って部屋を淡く照らす。
時計は7時半。
今日も大学へ行く日だ。

静岡のこの小さな町では朝の空気がいつも少し湿っぽい。
海の匂いが混じり遠くで電車の音が響く。
葵はゆっくり起き上がり鏡の前に立つ。

髪を梳きながら昨夜の夢を思い出す。
夢の中で彼女は東京の街を歩いていた。
ネオンライトがきらめく大通りで誰も知らない自分になっていた。
あれはただの夢か、それとも心の叫びか。

「また同じ夢か……」

葵は小さく呟き鏡の中の自分に微笑む。
外では明るく振る舞うのにこんな朝の独り言が本当の自分みたいだ。

家族の朝食の匂いが階段から上がってくる。
母の作る味噌汁の香り。
弟の亮太が学校へ急ぐ足音。
葵はセーターを羽織り下へ降りる。

「おはよう、葵。今日もアルバイト?」

母の声に葵は明るく答える。

「うん、午後から書店。授業は午前中だけだから。」

大学までの道はいつもの自転車ルート。
桜の木が並ぶ坂道を登りながら葵は思う。
この町は好きだ。
山の緑が優しく海が近くて心が落ち着く。

でも時々息苦しい。
友達のSNSを見ると東京でインターンしてる子や海外旅行の写真がいっぱい。
葵の日常はそんな華やかさとは無縁。

文学部の授業でシェイクスピアを読み書店で本を並べる。
それが彼女のルーチン。

授業中、教授の声が遠く聞こえる。

「ロミオとジュリエットは運命の矛盾を描いている……」

葵のノートには講義のメモより自分の詩のような走り書きが多い。

「運命の糸は絡まって解けない。私の心もそう?」

内省が葵の癖だ。
明るく友達と話す時も心の奥で自分を観察している。
今日のランチは友達の美香と。

「葵、最近なんか元気ない? 彼氏できたの?」

美香の冗談に葵は笑って返す。

「いやいや、ただ本読みすぎかも。君こそ就職活動どう?」

美香は東京の企業を目指していて葵の胸が少し疼く。
自分はここでいいのか?
好奇心が疼くのに失敗の恐れが足を止める。

午後、葵は書店に着く。
古い木の棚が並ぶ店内は静かで心地いい。
店長の老夫婦が迎えてくれる。

「葵ちゃん、今日もよろしくね。」

葵は本を整理しながら時折ページをめくる。
今日入荷したのは現代詩集。
詩の一節が心に刺さる。

「孤独は光の影。君はそれを知っているか。」

葵の胸に祖母の記憶が蘇る。
祖母はいつも本を読んでくれた。
亡くなったのは葵が高校生の時。
突然の病で別れの言葉も言えなかった。

あれ以来、葵は人とのつながりを恐れるようになった。
友情は大切なのに失うのが怖い。
だから表面的に明るく振る舞う。
内面的な孤独を創作で埋めようとする。

客が来る。
大学生らしい男の子が文学コーナーを眺めている。
葵は声をかける。

「何かお探しですか?」

彼は少し照れくさそうに「おすすめの短編小説ありますか? 日常の話がいいんですけど。」

葵は棚から一冊取り出す。

「これ、どうでしょう。村上春樹の短編集。普通の日常に潜む不思議が面白いですよ。」

会話が弾む。
彼の名前は拓也。
同じ大学で文学サークルに入っているらしい。

「今度サークル来ない? 君の視点、面白そうだよ。」

葵の心が揺れる。
参加したい。
でも自己主張が苦手で断ってしまうかも。
内的矛盾が疼く。

「考えておくね。」

葵は笑顔で返すが心の中では葛藤が渦巻く。

夕方、店を閉める頃、葵はノートに短い物語を書き始める。
主人公は自分に似た女の子。
地方の町で夢を追いながら孤独と戦う話。

筆が止まらない。
創作は葵の逃げ場であり成長の糧。
トラウマを言葉に変えることで少しずつ心が軽くなる。

帰り道、葵は海辺へ寄る。
夕陽が海を橙色に染める。
波の音が心の雑音を洗い流す。

スマホに美香からのメッセージ。

「葵、明日一緒にカフェ行こうよ。話聞きたいことあるの。」

葵は返信しながら思う。
友情は温かい。
でも自分の本音を話せない自分が嫌になる。
祖母のペンダントを握りしめ葵は独り言つ。

「おばあちゃん、わたし、どうしたらいい?」

風が答えのように吹く。

家に着くと弟の亮太が待っている。

「姉ちゃん、今日の夕飯、手伝うよ。」

亮太は中学生で葵の明るい面を慕う。
夕食の準備中、葵は家族の笑顔を見る。

地方のこの生活は悪くない。
東京の夢はただの幻想かも。
でも心の奥で好奇心が囁く。

「一歩踏み出してみたら?」

成長の可能性がそこにある。

夜、ベッドで葵は本を読む。
ページの隙間から光がこぼれるように日常の小さな出来事が心を照らす。
矛盾を抱えながらも葵は少しずつ前へ進む。
明日の自分は今日より少し強いかも知れない。

翌日、葵はサークルに参加することを決める。
拓也の言葉が後押しになった。
会場でみんなの前で自分の短編を読み上げる。
声が震える。

「これは日常の孤独についての話です……」

聴衆の拍手が葵の心を温める。
内省が外へ向かう力になる。
葛藤はまだある。
でもそれが葵の強さだ。

この町の日常は他愛ない。
でもそこに潜む感情の深さが葵の物語を紡ぐ。
彼女はページをめくるように人生を進む。
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